*

異常気象。異常気性。

公開日: : blog, 家族

連日連夜の熱帯地獄。

昼間は前の神社からミーンミーンとセミの声が半端ない。
でも昨日、ふと気づいた。夜、耳をすますとリンリンと虫の声。
こんなに暑いのに確実に秋の気配。

時は回っているんだ。

私の心の中の台風も、やっと先月に吹き抜けていった。
長かったよ~~~。

実家のことだ。
母と姉と姉の息子の3人暮らし。

15年ぐらい前からの不幸のスパイラルだった。

父の商売を姉が手伝っていたが、いつのまにか雲行き怪しく。
長年やってきていたので、何の心配もないと思っていたが、
不景気もあってか、行き詰まり父が鬱になってしまった。

私が気づいたときはどうしようもない状態で
鬱になって何も考えられない父と、全てのことから逃げようとする姉。

結局、弁護士にかけあったり清算をしたりと、
私と主人でどうにか解決したつもりでいたが
その数年後に持家を手放す結果に。この時のショックは忘れならない。

それから母たちは賃貸の戸建住宅に移った。あれから15年。

不動産会社から事情があり賃貸の更新をしないと連絡があったのが2年前。
私の主人が実家の保証人になってくれていたので、何かが起きた時は全て、
我が家にかかってくる。
裁判沙汰になったときは妹さんに出ていただきますと、釘を刺された。

すでに父は亡くなっており、高齢の母と姉、大学院の息子なのだが、
この3人が問題なのだ。ちっとも引っ越しの準備をしない。

いよいよあと1年という時に姉が交通事故で入院。
この時もいろいろとあり、気持ちはどん底だった。
この事件を書き出すと、延々と終わらないのでここは割愛。
3か月後に退院し、あとのこり10か月。

が、誰も動かない。
結局、近くに住んでいる姉の長男が物件を探しだした。

引越まであと2か月という時に姉がまた入院。脳出血。
救急車で運ばれ、ICUに。管につながれて意識はない。

最初はね、すごく動転してどうしようかと心配もしていたが、
ここ20年、3年に1度はこの状態で倒れている。

予防はきちんと薬をのむことしかないのにもかかわらず、
毎回、薬を切らして意識を失い救急車で搬送されるという始末。

そう、倒れる10日前にも、薬、飲んでる??って確認したはず。
彼女は平気で嘘をついていた。私にも母にも飲んでるよって言ってたのだ。
ま、起きたことは仕方ない、どうせ、10日間ほどでいつも退院するのだから。

と、思っていたら今回はひどかったらしく結局、退院するまで3か月かかった。

え、引っ越しは誰がするの???

そこからが地獄だった。。。。。
残されたのは高齢の母とほとんど家にいない姉の大学院生の息子。

大変だったの一言では言えないほど大変だった。
毎日、毎日、仕事が終わってから実家に行き、10時頃まで引越の準備。
箱詰め。片付け。

何が大変って。一番の問題は母の荷物。長年、生きてきただけ物も多い。
16畳ほどの母の部屋。
ダブルヘッドの周りには洋服ダンスや整理ダンス、着物用の桐箪笥など。
昔から贅沢三昧で洋服はほとんど誂え。注文で作ってもらった服ばかり。
5段の整理ダンスの中には下着類がきちんとたたんでずら~っと並んでいる。
一昔前に何十万もしたであろう補正下着も数枚ある。
母の好きな帽子もびっくりするくらいある。
それも丸い筒型のおしゃれなケースに入っており、タンスの上に。芸能人かっ(^_^;)
靴も玄関にはしまいきれず、タンスの中に箱に入れたまま何十個も積み重なっている。
出窓には毎年行っていた海外旅行で買ってきた飾り物がひしめきあっている。

引越先のマンション3LDK.。母の部屋は6畳。半分以下の広さになるのだ。
ほとんどの物を処分しないと入りきれないと何回説明しても自分で処分しようとしない。

半年前から少しずつ整理してゴミ出し日に処分するように忠告しても、
何一つ自分ですることはなかった。

結局、私がこれはいるのか、いらないのかと一つ一つ確認しながら進めることに。
が、母は断固として捨てようとしない。昔の人間は執着心がすごい。
そう、必要のないものは処分するという発想がない。
全て押し入れやタンスの中にため込んでいる。
私に言わせれば、全てゴミ。押入れやタンスがきれいなゴミ箱になっている。

洋服にしても、派手なスーツやサイズが大きいものも、それは高かったとか、まだ着れるとか。
ここに引っ越してきて、一度も袖を通さずにカバーに入ってつるしているものも沢山。
下着もほとんどつけないものがならんでいるだけ。
必要なものだけ選んでと言っても全部いるといいだす。
思わず、あと100年くらいは生きれるねっと嫌味を言ってしまう。(^^;)

箱に入ったままの革のロングブーツを捨てないと言ったときは、さすが切れた。

母は88才。股関節が悪く、自由に歩きまわることができなくなっている。
歩きやすい靴しか履けないのに、ブーツやパンプスは必要ないはず。
説得しても聞き入れないので、母が背を向けているとき、だまってゴミ袋につめた。

最近は小さくなって、昔、注文で作った服はほとんど大きすぎて着れない。
どう考えても、母の荷物のほとんどが必要ないもの。
それを、どう説得しても顔を縦にふらない。

気持ちはわかるつもりだ。それぞれに思い入れもあるだろし。
でも、物理的に無理なものは無理。
納得してくれないのなら、もう手伝わないと言ってしまった。
こんな説得の仕方、ないよね(笑)

終の棲家でのことなら、生きている間はと我慢もするけど、引っ越しなんです。
この荷物をどうにかしなくてはならないんです。
一緒にすんでいる姉がいないんです。
もう、私の中に気持ちの余裕なんか全くと言っていいほどなかった。

それからは、どんどんゴミ袋に投入。
週に2回のゴミ出し日にせっせと出していった。
母は自分ではゴミ袋に入れることはしない。
それをさせるのは鬼のような私でも心が痛む。
私の判断で目の前でゴミ袋に突っ込んいく。
母も吹っ切れたのか、それともやけくそになったのか、これ要らないねと言いながらゴミ袋に入れていく私をうなずきながら見ていた。
だま~~って見ている母が時々、あ、それはいる。うん、その時は優しく従う。
ゴミ袋。毎日買っていくのに、足りない。
たぶん100袋以上のゴミを捨てたと思う。

ただ唯一の救いは母がきれい好きだったこと。
私にはゴミにしか見えない全ての持ち物はきれいにきちんと並んでいたから。(笑)

姉の荷物は母の10分の1ほど。これは少ないのではなく母が多すぎるのだ(笑)
入院しているので、とりあえずほとんど箱に詰めた。投げ入れるように。

あとは大学院の息子。ほとんどいない。寝るだけに帰ってくる状態なので
母もほとんど会うことがないという。そんな~~~~。
仕方なく彼の部屋にメモをおいておいた。
引越の日程と、必要なものは全て箱詰めすること。箱に入っていないものは全てごみ処分になるということ。

彼の荷物もそれほど多くはなかったが、理系の研究生なので、いろんな参考書や本。パソコンもある。
30個ほど、ダンボールを組み立てガムテープと一緒に部屋におていあげた。
すぐに箱詰めしやすいように。

が、彼は当日まで何ひとつしなかった。
3日前になっても部屋の様子は変わらない。
私が書いたメモを見た気配はある。
2日前も変わらない。さすがにやばい。
あわてて、彼の荷物も全て私が箱詰めすることになった。
母は怒って、そのままゴミとして捨てればいいとか言ってる。
自分のことはさておいて。(-。ー;)
でもね、同じ年頃の息子がいる私としては親心がじゃまする。
彼なりになんらかの理由があったに違いないと。

結局、彼は引っ越し前日と当日は帰ってこなかった。意味がわからない。
自分の息子なら蹴り倒す。(笑)

そして、最大の難関が裏にある物置の荷物。
3畳ほどある小屋。
半年くらい前から姉にそろそろ本気だして準備しないと間に合わないよと苦言を言っていたのだけど、
彼女は物置から片付けていると言っていた。
ほとんどいらないものを捨てたので大丈夫だと。

その言葉を信じていた私がバカだった。
見てびっくり。ほとんど要らないものの山。量が半端ない。
埃かぶったゴミの山。気が遠くなりそうだった。

壊れたエアコンやストーブ。
引き出物にもらったような、箱入りのツボや食器の山。
キャンプ道具や父が孫のために買ってくれた、こいのぼりや兜、破魔弓。
姉には3人、私には2人の子供がいる。全部男。(笑) 
いろんな思い出の品がつまっていた。

私の結婚式の為に父が買ったビデオデッキ。それも業務用。
大きなジュラルミンケースに入っている。三脚も馬鹿でかい。
テレビ局の人が持っているような代物。
自分で使えず、業者に撮影を頼んでいた。
そこまでしたビデオテープもVHSで再生する機器もない。

片付けながら、いろんなことを思い出しては手が止まる。
そして、姉に対しての腹立たしさ。

2年間、何をしてたのだろう。
高齢の母ができないのは許せるけど
姉は私とひとつ違い。まだまだ頭も身体も動くじゃん。

汚れたキッチンの掃除や流し台の中の箱詰め。
大量の食器類の梱包をしながら、姉に憤りしか感じなかった。

というのも20年前にもいろいろあったのだ。
実家の土地に私の家を建築する予定だった。
広い庭だったので父の勧めで建築寸前までいった。
ただ商売上、土地の名義が母と姉になっていた。3人の了承のもとに進めた建築だったが。
姉が書類に印鑑を押してくれることはなかった。
その時はまだ離婚をしてなかったので、たぶん連れ合いの反対だったのではないかと思う。

書類を持って行っても私の顔をみると黙って逃げて行った。
話し合いもできず逃げ切られた。両親の説得も無駄だった。
設計図もでき、わずかな手付金も納めていたのに。

私の家は建つことはなかった。手付金も全額戻ってはこなかった。
それからだ、昔のように仲の良い姉妹に戻ることができなくなったのは。
いまだに、原因もわからない。わびのひとつもない。
彼女はずっと私をさけ、5年以上顔を合わせることはなかった。

ただ、時間が解決してくれた。
うやむやな状態のまま、なんとなく会話もするようになっていた。
でも、私の心の中のわだかまりは消えることはない。
一生の買い物で裏切られ、数百万の違約金。痛い代償だった。
ただ、二人きりの姉妹でもあるし、彼女の息子達は私のことを「ママ」と言って
とても慕ってくれている。我が子と同じように可愛い。
いろんなことで自分の母親が私に迷惑をかけているのを小さい頃から見ているので大人になった彼らは「ママ、ごめんね~」といつも言ってくる。
それが不憫でたまらない。

自己中でわがままな母。
行動力がなく嫌なことからは逃げることしかできない姉。
そして、世帯主である姉の入院。

半年前になっても何もしない3人
きっかけがつかめないのかもと思い、少しずつゴミの分別をして袋に詰めて見せても、それ以上なにも進まない。

いよいよあと3か月でタイムアウト。という時姉が倒れて入院。
結局、引っ越しは全部私ひとりでするはめになってしまったのだ。

毎日毎日、身体中筋肉痛で、どんどん疲れが溜まっていく。
住んでもない私がなんでこんなことに、、、、、。

ただ、ひとつだけよかったことがある。それは母との関係だ。
私は昔から母のことをよく思っていなかった。

母は口調がきつく、思ったことをずばずばと言う人でいろんなことで傷ついてきた。
自分のことしか考えず、子供の事は二の次。
贅沢三昧で毎年海外旅行。
洋服や靴やアクセサリーがあふれる部屋で女王様のような暮らしをしていた。

母のシャネルの化粧品を箱詰めしながら、うらめしい気持ちもわいた。
子供の要求は何も聞いてくれず、、自分ばかり贅沢していた母。
88の今でも、外出するときはネイルをし、ピアスをし、手には大きな指輪をし、派手は服を着ている。
お母さん、おしゃれだね~とよく言われていたが、ちっともうれしくなかった。

母からの愛情を感じずに育ったせいか、父のいない実家にはあまり行くことはなかった。

父は大好きだった。
かっこよくて優しくて、母の性格がきつかったのをカバーしてくれていた。
小学校の時は毎朝、長い髪をとかしてくれて三つ編みをしてくれた。
料理も母より上手で、なんでも作ってくれた。
机や二段ベッドも父のお手製だった。
ミシンや電化製品も全て自分で修理してくれるし、私が結婚してからも、部屋にクローゼットを作ってくれたり畳をフローリングにしてくれたり。
なんでも叶えてくれた。

そんな父も亡くなって10年ほどになる。
今でも生きてくれてたらな~~といつも思い出す。
父のいない実家はもう帰る場所ではなくなっていたのだ。

でも今回の引っ越しでずっと母と一緒にいた。
22歳から実家を出ているのでこんなに話たのはほんと久しぶりだった。

母は全然ぼけていない。でも小さくなった。
さすがに90前だもの、昔のようなきつい口調はなくなっていた。
物を捨てないことで私がきつく言っても何も言い返さない。
昔だったら10倍になって返ってきたのに。

姉がいないので夕食はいつも近くのスーパーでお弁当を買っていたようだ。
引越の準備で夕方行くときに夕飯を作っていくとありがと~と言いながらおいしそうに食べてくれた。

あら、お料理上手ねって。
そっか、私は22の時から家を出ているので私の料理は初めてなんだ。
何十年、主婦やってると思ってんのよ。案外なんでもできるんよといいながら、
おいしそうに食べてくれるのがうれしくて、毎日、いろいろ作っていった。

あんなに嫌いだった母。
私は母のようにはならない。と思って子育てをしてきた。
でも目の前にいる小さな母はなんかかわいく感じた。

今回の引っ越しがなかったら最後まで母のことが嫌いだったかもしれない。
唯一の収穫かな。

そしてやっとマンションに引っ越しした。
母の部屋は6畳。
桐のタンスやダブルベッドなども処分した。

数年前に亡くなった主人のお父さんが使っていた介護ベッドがうちにあったので
母の部屋に運んだ。
そしてタンスを二つと小さな冷蔵庫。

ほら、要らないものに囲まれた生活よりこっちの方がすっきりして快適よ~っといっていたのもつかの間、
ダンボールが搬入されると、母の部屋はあっという間に箱の山。
業者さんがおばあちゃんの部屋、これ以上入れると、おばあちゃんが出てこれなくなりますよって。

いいです。本人が捨てれずに持ってきたものなので、詰め込んでくださいって言ってやった。(笑)
あんなに大量に捨てたのに、部屋の押入れにめいっぱい詰め込んでもタンスとベッドの間が全部、箱で埋まってしまった。
もう知らない。あとはゆっくりと整理してね。

やっと終わった。2年間、ずっと頭から離れなかった実家の引っ越し。

早くしないと、暑い時期の引っ越しは大変よ。
そう言い続けていたのだけど、結局、その暑いときにほぼ私ひとりでするはめになってしまったのだ。

でも、もう終わった。きつかったな~~~。

ほんとは引っ越し業者のことや、姉の病院のことや、書きたいことはいっぱいある。
全てが一筋縄では進まなかった。
ひとつひとつがドラマのようだった。それをクリアするたびにひとりで泣いた。

終わったことは忘れて、次に進みたい。
なのに、このブログを書いているといつの間にか、延々と実家のことを愚痴っている私がいる。

先月から、何度書き直しているだろう。実は4回目なのだ。
ふと思った。私はこのことを1度吐き出してしまわないと気持ちの整理がつかないのかもしれない。

何もなかったように自分の日常のことをかいてみても、どこかでちらっと書きだしている自分がいる。
そうするともう終わらない。延々、ぐだぐだと書いてしまっている。
あまりの長さに、自分の執念深さに気が滅入り、落ち込む。
よし、吹っ切るために吐き出してしまおう。
と書いてしまったが、これはほんの一部なのだ。
あまりにも情けなく、かけないこともいっぱいあった。

ひと月、ほとんど仕事はできなかった。
実家の水屋が多きすぎでマンションに入らなかったので白くて素敵な食器棚を買いなおした。
照明器具もなかったのでシーリングライトを3部屋分、購入。
マンションの挨拶用に粗品を準備。
そして、私の仕事のご褒美で会社から東京への招待を受けた。
でも、肉体と心の疲労でそれどころではなかった。

物理的な消費も痛かったけど、なによりも精神的な苦痛の方が大きかった。
2年間も続いたのだから。

引越日の1か月後に姉が退院した。
病院に向かいに行った。引っ越し準備が忙しく1度もお見舞いに行かなかったので3か月ぶりだった。

私の顔を見て一言。「すみませんね~」。

ん??それだけ?
と思いながらマンションに送り届けた。

自分が入院している間に全てが終わっているのだ。

それに対しての言葉は一言もなかった。
ねぎらいの一言でもあれば、少しは救われると思っていたのだけど。
家につくなり、私を背にして自分の荷物を整理している。
お母さん、今日の夕飯は何にしようかね~。買い物にきかなきゃね~。
とかいいながら。

私は何を期待していたのだろう。
いつもそうだったのに。
むなしくなって家をでた。
最後に一言、お薬はきちんと飲んでねと言い残して。
それからひと月過ぎたけど、何ひとつ連絡もない。電話もない。

でもいい。
彼女たちから電話がかかってくるときは何らかの事件が起きた時だけだから。
携帯に母や姉からの着歴を見つけると、ドキッとする。
また何かが…仕事が手につかなくなる。

それにしても私って心が小さいのかな~。
2年間の苦痛から解放されたのだけど、ちっとも気分がすっきりしない。

でもこれで吹きってやる。
終わった~~~~~~~~~~っ。

不幸のスパイラル。これで終わった。
また何か……、いやいや終わったはず。完結したはず。。。に違いない。

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